介護における尊厳とは何か? <自分で出来る事を自分でやって、笑顔で生活できること>

2020年3月14日

「介護業界は尊厳を見失っている!」


 本ブログは音声による説明に対応しています。

 音声と合わせて読み進めて見て下さい。


<尊厳を一言で簡潔に言えない>

 介護の業界は尊厳と言う考え方を見失っています。


 それは、

「尊厳とは何か?」

が明確になっていないと言う意味です。


 貴方は

「尊厳とは?」

 これを簡潔に言葉として言い表せますか?


 恐らく難しいと思います。

 本記事を読めば、そんな貴方も

「尊厳とはこれです!」

と言えるようになります。


 なお、

「何故今の介護業界で尊厳が明確になっていないのか?」

についての理由はこちらをお読みください。


 今現在の介護現場での尊厳は迷信だから明確になっていないんです。



<尊厳と介護における尊厳>


「尊厳を簡潔に言うとどういう事か?」

を知りたくて訪問している貴方にダラダラと勿体ぶっていても仕方がありませんので、早速明示します。


《尊厳とは、人として大切にされる権利》

《介護における尊厳とは、自分で出来る事を自分でやって、笑顔で生活できること》


 なぜ尊厳と介護における尊厳として分かれているのか?

 それは、

『普通の尊厳とは、誰にでも言える事』

『介護における尊厳とは、介護場面でご利用者に言える事』

だからです。

 イメージとしては、尊厳を犬だとすると、介護における尊厳は柴犬みたいな関係性ですね。

 犬は生物の種類を指し、柴犬は犬種を指します。

 こんな感じの関係性です。

「オッケー!教えてくれてありがとう!解決しました!」

という貴方はここまでで問題ありません。

 ここからは、なぜ

《尊厳とは、人として大切にされる権利》

《介護における尊厳とは、自分で出来る事を自分でやって、笑顔で生活できること》

なのか?

等の詳細説明をしていきます。

 もし貴方が後輩や部下に指導する立場にある介護職員なら、ここから先を読み、その理由や根拠を説明できるようになっておくことをオススメします。




尊厳とは

 まずは、介護限定の世界ではなく、社会全般としての

《尊厳とは》

を見て行きましょう。


 社会全般としての尊厳とは?


 これを定義するために尊厳について定義した国際的な法律を見て行きます。

 尊厳とは

《かけがえのない個人として尊重されること》

《尊く犯してはならないこと》

です。


 貴方がこれでシックリくるなら

「尊厳とはこれです!」

と言って良いと思います。


 ただ、私としてはまだ難しい曖昧な言葉が使われていると感じるので、私がシックリくる言葉に言い換えます。


 私がシックリ来る言葉に言い換えると、尊厳とは

《人として大切にされる権利》

です。


《尊厳とは、人として大切にされる権利》

 簡潔明瞭で、難しい言葉も使っていませんよね。




介護における尊厳とは

 社会全般における尊厳も、介護における尊厳も基本的には同じです。

《人として大切にされる権利》

です。


 それが

『介護』

と言う限定的な部分として定義されているだけですね。


 介護における尊厳も介護関連法の中で、尊厳について定義している法律を根拠とします。


 介護における尊厳とは

《ご利用者が心身共に健やかに育成される事》

《ご利用者が残存機能に応じて自立した日常生活を営む事》

だそうです。


 これもこれで貴方がシックリくるなら

「これが介護における尊厳です!」

と使って良いと思います。


 私はこれもシックリこないので、言い換えます。


 介護における尊厳を私なりに要約すると

《自分で出来る事を自分でやって、笑顔で生活できること》

です。


 ちょっと介護原則に似たモノになりましたね。

 むしろ似ていないと意味がないと思います。

 介護は尊厳の元に成り立っているわけですからね。


 これで納得できる貴方は以上になります。


 もし

「はい?笑顔なんてどこから出てきたの?勝手に解釈を捻じ曲げていません?」

等と、何かしら私が定義する尊厳にも違和感を覚えた貴方は更にここから先もお付き合い下さい。


 なぜ私が介護における尊厳を

《自分で出来る事を自分でやって、笑顔で生活できること》

と、

『笑顔』

と言う文言を入れ込んだのかを説明していきます。


 実はこれって結構深い概念を入れ込んで要約をしているんですよ!

「何か笑顔って良いから入れちゃえ!」

なんて軽い理由で入れたわけではないんですよ!




介護における尊厳で《笑顔で生活できる事》とした理由

<生きている実感>

 ここからは、介護における尊厳の定義として

《自分で出来る事を自分でやって、笑顔で生活できる事》

と要約した私が、その中に

『笑顔』

という言葉を入れ込んだ意図についての説明です。


 この

『笑顔』

には、人が

『「私は生きている」と実感する生き方』

という意味を込めています。


 どう言うことか?

 人は実際に命が存続しているだけでは

「自分は生きている!」

と改めて実感することは少ないです。


 人は

「自分って今生きているんだな!」

と実感する時と言うのは限られているんです。


 その

『「自分は生きている」と実感できる時』

こそが笑顔が多い生き方をしている時なんです。


 もう少し詳しく説明していきましょう!



<感情を揺さぶる>

「自分は生きている!」

と人が実感するとき。


 それは

《感情が揺さぶられた時》

です。


 笑顔と限定はしていません。

 喜怒哀楽の感情が揺さぶられた時です。


 同じように考えている人としては、私が知る中では

◎、炎の講演家:鴨頭嘉人さん

◎、日本カウンセラー業界の第一人者:國分康孝さん

はすぐ頭に浮かびます。


 國分さんの場合は感情が揺さぶられた時とは言わず、

「自分の感情を素直に受け入れ、感情を素直に表現できる生き方。これを《生きた人生を生きる》」

のように表現しています。


 でも要は、

「感情が揺さぶられて、それを素直に感じられる時、人は人生を生きていると言えるのではないか?」

と言う意味ですから、同じような考え方ですよね。


 つまり、

《笑顔で生活できる事》

を介護の尊厳とは?に入れ込んでいる意図はこうです↓↓↓


 ご利用者が
「自分は生きている」
と実感出来る生活は、感情が揺さぶられて、様々な感情を自身で感じることができる環境。
 その感情を素直に受け止め、素直に表現できる生き方。

 その中で、介護法における尊厳とは?の
『健やかに育成できる事』

 人が健やかに育成されていく感情は喜楽。
 つまり、ご利用者自身が
「生きている」
と実感をしつつ、健やかで、育成されていく生き方。
『喜楽=笑顔のとき』
とすることで、
『生きていると実感しつつ健やかに暮らす=笑顔で生活出来る事』

 それが介護における尊厳。

と言う意図です。


 これらの意図が、私が介護における尊厳を要約したときの

《笑顔で生活できる事》

には含まれています。




最後に

 どうでしたか?


 こんな私の要約で何となく

《尊厳とは》

《介護における尊厳とは》

のイメージはしていただけましたか?


 私の記事を読んで少しでも

「結局尊厳ってなんやねん!」

のモヤモヤが晴れたなら幸いです。


 ここまで読んで、少しでも私の考える

《尊厳とは》

に興味を持っていただけたなら、再度その実践編みたいな

《私が考える尊厳を守る介護とは?》

の記事を紹介しますので一読下さい。



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