失敗談:何気ない言葉がご利用者を傷付ける。

介護狂・・・?

 私は

「ご利用者が傷付かず、笑ってくれるならご利用者の便が腕に付く事くらい何でもない」

と素で言って、そんな行動を実際にします。


 そのため、周囲から

《介護狂》

とたまに言われます。


 しかし、

「ご利用者の心を傷付けたくない」

と強く考えている私も、何気ない一言でご利用者を傷付けてしまった失敗経験があります。


 今回はそんな私の失敗談をご紹介します。




ご利用者の心を傷付けたくないと強く思う理由

 失敗談を話す前に、何故私がそこまでご利用者の心を傷付けたくないことにこだわるのかを簡単にですが説明します。


 介護福祉士、介護職員として、

「ご利用者の心を傷付けたくない」

と考えること自体は当たり前のことだと思います。


 それが私の場合には、

◎、自分の体・素肌に便が付いても

◎、移乗介助中に爪を立てられ、腕に何ヶ月も痕が残るくらいの深い傷を付けられても

◎、メガネを破壊されても

◎、テレビリモコンで頭を思い切り殴られても

「ご利用者の心を傷付けたくない」

を最優先に考えるため、ちょっと変なんだそうです。


 では、私が何故そこまでご利用者を傷つけたくないのか?


 それは、それこそが介護現場においての

《尊厳を守る行為》

だと考えているからです。


 このように考える理由は、そもそも私が警察官を辞めてでも福祉の世界に入りたいと考えたキッカケは心理分野だからだと思います。


 この辺り、教科書上の話や定義ではなく、私が考えている介護現場における尊厳の話や定義は、こちらの記事をお読み下さい。

【介護現場における尊厳とは何か?】




ご利用者Nさん

<お洒落好き>

 私が傷付けたご利用者はNさんと言う90歳になる女性です。

 Nさんは、施設内でもいつもお洒落。


 居室から出る時には必ずお洒落をするので、恐らく廊下や食堂、談話スペース等は外と言う感覚なんだと思います。


 特にこだわりがあるのが帽子。

 部屋に幾つも並んだ帽子を

「今日はどれにしようかな?」

と試着している姿は、介護施設の90歳というより、どこにでもいるお洒落好きな女性そのものですね。



<お話好き>

 認知症がそこまで進行しているわけではないため、基本的に会話は普通に出来ます。

 所々忘れてしまうことはありますが、年相応と言ってもよい程度です。


「おはようございます」

と声を掛けるといつも

「よう!おはよう」

と笑顔で返してきてくれます。


 私の施設はおやつ時と食事時はお茶の種類が違います。

 そこでお茶を配ると

「このお茶って何茶なの?いつもと色が違くない?私普通のお茶(緑茶)が好きなのよねぇ」

「あらら?このお茶も美味しいじゃないの!まったく!飲んでみるモノね。」

みたいな感じです。


 もちろん。職員とだけではなく、他のご利用者ともそんな感じにいつも談笑をしているような方です。



<活発な女性>

 いつも帽子を決めてお洒落をしたら、意気揚々と居室から車イスで出てきます。

 90歳だと言うのに車イスを自分で漕いで居室と食堂を行ったり来たり、とても活動的な女性なんです。


「ほい、ほい、ほい」

と掛け声を掛けながら漕ぐので

「アスリートか?」

と思わされるような威風堂々さがあります。


 Nさんは車イスだけじゃありません。

 洗濯物を畳むこともしてくれます。


 ご利用者の衣類が汚れないように、食事用のエプロンがあります。

 こんなエプロンです。

介護用食事エプロン

 これを洗って干していると

「ねぇねぇ。これもう乾いているでしょ!ほら、外して持って来てよ!」

と促されます。


 どういうことかと言うと、要は

「エプロンを畳んであげるから早く持って来なさい!エプロンを畳むのは私の仕事なの!」

と言うことのようです。


 いつも

「え?あ!ちょ、ちょっと、別の用事があって偶然ここにいただけなんですが(^^;)」

とタジタジにさせられることも多々あります。


 しかし、早くもっていかないとNさんは

「ほら若いのに遅いよ!ちゃっちゃと持ってくるの!」

と、まさに

《チャキチャキ》

と言う表現が合っているような人です。


 でも、お洒落にこだわって、言葉遣いもお淑やかな時もあると言う。

 多彩な表情を持っている女性とでも言えば良いのでしょうかね。



Nさんを傷付けた失敗談

<トイレ介助>

 私がご利用者を傷付けた失敗談とは、そんなバリバリ元気な90歳女性のNさんを傷付けた話です。


 その時はいつものように、Nさんがお気に入りの共用トイレ一番奥。

 そこに介助をしてNさんを座らせました。


 その後、

「おしっこ終わったよ」

のナースコールが鳴ったので、私はNさんのところへ行きました。


 そこで私はやってしまいました。



<何気ない一言>

 私はこのように声を掛けてしまったんです。

「はい、お待たせしました。もう終わりですか?」


 これだけです。

 どうでしょうか?


 貴方が介護職員ならどこか変に感じる部分はありますか?

 貴方がこのように声掛けをするか、しないかは分かりませんが、違和感はありますか?

 言ってしまいがちな言葉じゃありませんか?


 でも、この言葉がNさんを物凄く傷付けてしまったんです。


 私が

「もう終わりですか?」

と声を掛けた瞬間です。


 Nさんは大号泣。

 声を上げて過呼吸になるのではないかと言うレベルで泣き崩れてしまいました。


 私も最初は状況が把握できませんでした。

 今まで普通に掛けていた言葉ですし、何故この言葉で泣きだしてしまったのかが理解できませんでした。


 しかしNさんの口から絞り出すように

「・・・終わりって・・・」


 この言葉を聞いた瞬間、泣き崩れた理由を悟りました。


「やっちまった」

これしか考えられませんでした。


 この時に私は全身の血の気が引いて行くのを感じていました。




「もう終わりですか?」

<私の認識>

 私はこの

「もう終わりですか?」

という言葉を

「おしっこが出きりましたか?それならトイレから出ますか?」

と言う意味合いで発しました。


 しかし、Nさんはそのように受け取らず、別の意味で受け取ってしまったため大号泣したんです。



<Nさんの認識>

「もう終わりですか?」

 この言葉、トイレにいるという状況を一端なくして、言葉だけで純粋に考えて下さい。


 年相応とは言え、Nさんも認知症はあります。

 つまり、必ずしもこの言葉とトイレと言う状況が結びついているとは限らないと言うことです。


 だからトイレと言う状況を一端なくして考える必要があるんです。

 どうでしょうか?


 トイレという状況がないと、

「もう終わりですか?」

という言葉は私の意図する言葉にはなりませんよね?


 この時のNさんはこの言葉、

「もう貴方の人生、命は尽きますよ。貴方は終わりですよ」

という死亡宣告と受け取ったんです。


 文字として表現すれば

《?》

が付くので一目瞭然ですが、実際は発している言葉ですので、伝わり方は文字とは違います。


 更にNさんはそのようなニュアンスやアクセントではなく

「終わり」

と言う部分に反応してしまったわけです。


 だから

「まだ死にたくない。何で私が」

と号泣してしまったわけです。


 いくら普段元気だとは言え、年齢は90歳。

 若い時とは明らかに違う自分がいます。

 当然ちょっとしたことで自分の死と言うモノを意識します。


 自分の死を意識していないご利用者は恐らく一人もいないでしょう。

 そのことを私はその場で悟ったため

「やっちまった」

と全身の血の気が引いてしまったわけです。


 その時は、泣き崩れてしまっているため立てないので、落ち着くのを待ってトイレから立ちました。


 このレベルの傷付ける行為を自分がしてしまうと、その場では何も出来なくなりますね。

 頭が真っ白になってしまったことも理由ではありますが、ただ寄り添うことしか出来ませんでした。


 慰めても、

「違うんだ!そういう意味じゃないんだ」

と説明しても、それらは意味をなしません。


 言葉を発すれば、発しただけ嘘臭くなり、言葉が軽くなりますので、ただただ落ち着くまで寄り添うだけでした。




その後

<他の言葉を使う>

 私はそれ以来、Nさんに対してはもちろん。

 他のご利用者に対しても極力

「終わり」

と言う言葉は使わないようにしています。


 もちろん、この言葉自体を使わないようにしているのでトイレの場面限定の話ではありません。


 まだ無意識に使ってしまうことはありますが。


 それ以降私は同じ場面では

「オシッコ出ました?」

「立ちますか?」

「健康ですか?」

のように声掛けをしています。



<「オシッコ出ました?」>

「オシッコ出ました?」

は一見、教科書的尊厳感からするとNGな気がしますよね?


 しかし、私的尊厳感からすると必ずしもNGではありません。

 そんな画一的な尊厳感ではなく、ご利用者一人一人を見て言葉は使い分けていますので。


 それに、この言葉の後には必ず気持ちがプラスに転じる言葉は付け加えます。


 出たなら

「やったじゃないですか!今日も健康です!」

 排尿、排便があることは健康のバロメーターの一つなので、そう言います。


 そこから派生して、ちょっとクスッとさせたり、会話を広げるために

「健康ですか?」

と、すぐにはトイレと結びつかないような微妙な言葉もワザと使うんですね。


 もし出ていないなら

「もう少し座っていますか?」

とか

「よし、じゃあ何か美味しいモノでも飲みに行きますか!ガンガン飲んで、何度もトイレに来て下さいよ!」

等々ですね。



<水分を飲む事を我慢するご利用者>

 ご利用者によっては、

「トイレに来ると職員に迷惑が掛かるから」

と水分を飲まない方が多くいます。


 だから、そんなご利用者に遠慮なく水分を好きなだけ飲んでもらうために、出ない時にはこの言葉を掛けるんですね。


 この言葉を言う時には笑わせるように工夫して色々な言い回し方や言い方をして何とか笑わせます。


 この時に笑わせることが出来たら、そのご利用者はその日はトイレを我慢しなくなります。

 トイレを我慢しないと言うのは、水分を飲むことも我慢しないと言うことです。


 それに、こう言うことで、今トイレで排尿がなかったことから意識をそらせます。

 オシッコをしたくてトイレに座ったのに、出ないとご利用者は自分の体を心配しますからね。




最後に

 今でもNさんは変わらず元気一杯です。

 それ以降は号泣する姿は一度も見ていません。


 つい日常的に意識しないでやっていると、”慣れ”が生じます。

 このNさんを傷付けた失敗は私の中ではかなり上位に入る失敗で、忘れられません。


 この私の失敗談を見て、貴方の何気ない一言で傷つくご利用者が一人でも減るのであれば幸いです。



 あと介護職員じゃない読者さんに向けて最後に伝えたいことです。

 介護職員はこのようなことを瞬時に感じ、理解します。

 だから専門家なんです。


 介護は

「大変ですね」

ではなく

「凄いですね」

と評価されるべき高度な仕事です。


 是非知り合いでも何でも、介護職員と関わる機会があれば

「介護さんって凄いですね」

と言ってあげて下さい。


「大変ですね」

「(やろうと思えば誰にでも出来ることだけど、汚いとか辛いとかという理由で人がやりたくないことをやっているから)大変ですね。」

と受け止められますからね。


 これも私の認識とNさんの認識のズレから生じた今回の内容と同じですね。


 この辺り介護職員の高い能力についてはこちらを宜しくお願いします。

【介護職員の能力】



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