「優しいですね」が人を追い込む。 貴方は”優しい人”ではなく”貴方は貴方”です。

「優しいですね」

 介護に限ったことではないのですが、私の体験と考え方なので、介護の世界としてお話をしていきます。


 貴方は人から

「優しいですね」

「優しそうですね」

のようなことを言われた経験はありませんか?


 いや、少し聞き方が違いますね。

【言われた経験】

ではなく

【いつも言われ続ける経験】

をしたことはありますか?


 たまに言われる

「優しいですね」

は基本的に社交辞令だったり、他に特徴がない人に向けて発せられる言葉です。


 しかし、いつも、誰からも言われ続ける

「優しいですね」

はどうやら社交辞令とは限らないようです。


 雰囲気と言うレベルで”優しい”が滲み出ており、社交辞令や他に言うことがないのではなく、自然と口を突いて出る言葉が

「優しいですね」

なんだそうです。


 そんなみんなから

「優しいですね」

お言われ続けている”優しい”貴方は危険かもしれません!

 今すぐ、そのイメージを払拭しましょう!




「優しいですね」を言われ続ける環境

 どうやら私も社交辞令ではなく、

「優しいですね」

と言われるタイプの人間なのだそうです。


 そう言われると、確かに

 どの施設でも

「優しいですね。」「怒らないですよね」

のような事は言われます。


 スーパー等で買い物をしていると見知らぬ高齢者に

「すみません。これ何て書いてあるのか読んでもらえませんか?」

「すみません。あそこにある商品届かなくて、取ってもらえませんか?」

と声を掛けれることは結構あります。


 女性は知人男性の写真を並べて、その男性のことを知らない友人に見せ

”○○ランキング”

なるものをやることがあるんですか?


 どうやら私の周りの女性陣にはやる人がいるらしく、私はいつも断トツで優しそうランキング一位になるんだそうです。


 この状態、介護職員としては嬉しい限りなのですが、個人的にはあまり嬉しくありません。

 何故か?

 私だって怒る時は怒りますし、毒を吐く事も有ります。

 実際にこのサイトの記事では結構チクリチクリと刺すような言葉も使っていますよね。


 それに、そもそも私は極度の人見知りで、知らない人と話をするのは物凄い苦痛です。

 私の友人の友人がいる場で3時間一緒にいたら、寝込みました。

 気を遣いすぎて、ストレスが続き過ぎて免疫が落ちてしまったためのようです。


 だから、私は仕事以外で誰にも話掛けて欲しくないんです。

 先ほどのスーパーでの買い物中に声を掛けられるような時も、

”誰も近付くなオーラ”

は全開に出しているハズなのに、話掛けられるんですよね。




「優しいですね」と言われ続けると優しくなる

<期待に答えようとする>

 人は周囲からあまりに言われ過ぎると、その期待に答えようとします。


 そのため周囲からあまりに

「優しいですね」

と言われると、周囲が言うような優しい人になろうと演じるようになるんです。


<怒りを抑え込む>

 例えば、

「全然怒らなくて優しいですよね」

 この期待に答えようとしたらどうなるでしょうか?


 イライラしてもその感情を無理矢理抑え込みます。

 本当は怒っており、性格的にも別に怒らない人ではないのにです。


 すると、怒り方、怒りの表現方法が分からなくなります。

 怒らないのではなく、怒りの表現が出来なくなるんですね。

 表現出来ないので、そのイライラは発散できずに溜まる一方になります。


<愚痴・不満を抑え込む>

「全然愚痴とかも言わなくて優しいですね」

 この言葉はどうでしょうか?


 愚痴と言うのは一種のストレス発散行為です。

 この言葉を演じようとすると、当然愚痴を誰にも言わなくなります。


 それが続くと不満があっても愚痴を言えない人になります。

 職場だけではなく、プライベートでもです。


 もっとも男性は、元々愚痴と言う形でストレス発散はしないので、こうなると特にキツイのは女性かもしれませんね。




優しい人になるとどうなる?

<演じる”優しい人”>

 元々の性格が優しい人は特に問題ないのですが、そうではなく、周囲から

「優しいですね」

と言われ続け、その期待に答えようと演じて出来上がった

”優しい人”

の場合は問題です。


 元々の性格ではなく、本来の性格を抑えつけ、捻じ曲げた状態と言うことですので。

 そうなると、どうなっていくのか見て行きましょう。



<怒りが溜まる>

 周囲の期待に答えるために怒る姿や感情を出さなくなるので、その分だけ怒りの感情が溜まっていきます。


 イライラが溜まり、ストレスがドンドン蓄積していくとどうなるでしょうか?

 そのまま発散できなければ病気になります。

 胃潰瘍、うつ病等は有名ですね。


 じゃあ発散出来たら大丈夫か?

 そうとも言い切れません。

 蓄積させていた期間が長ければ長いほど、発散時に爆発します。


「普段大人しい人が怒ると怖い」

と言われるのと同じ現象ですね。


 怒りの感情を持たない人はいません。

 しかし、普段からその感情を抑えつけているから、普段は静かで大人しいだけです。

 それが限界点を超えて溢れ出るから爆発するように怒りの感情に支配されて怖いんです。


 私は柔道や逮捕術等の戦闘スキルが、警察官を指導して育てられるくらいには高いため、怒りを他者に向けることはしません。

 と言うことで、全て抑え込みますので、胃潰瘍等の病気の方で影響が出るタイプです。

 実際に胃潰瘍は2回やっています。



<感情が希薄になる>

”優しさを演じる”と言うのは、

《優しい感情を出す。表現する》

と言うことではありません。


《怒りの感情を抑え込む》

と言うことです。

 感情を出すプラスの行動ではなく、感情を抑え込むマイナスの行動なんです。


 要は感情を抑え込むことしかしなくなるので、感情を抑え込む力が強くなりすぎてしまい、感情が希薄になってきます。


 元々警察官と言う仕事柄、亡くなった人の扱いには慣れていたのですが、それでも、同じ時間を共有していた、”生きてきた人”が亡くなることには慣れていません。


 当然そのような人が亡くなれば心動かされ得ます。

 しかし、感情を抑え込み過ぎていると、同じ時間を共有していた人が亡くなっても何も感じなくなります。


「亡くなったんだね。はい。」

これだけで全て完結します。


 周囲の職員がなぜ泣くほど悲しんでいるのか分かりません。

 理解出来ません。


 葬儀屋やご家族を見送る際に合掌して見送る行為。

「恥ずかしい」

以外の感情が湧きません。


 既に、心の中では

「亡くなったんだね。はい。」

と完結してしまっているので。


 このくらい感情が希薄になります。

 もう、本質的な部分で全然優しくないですよね。



<自分が分からなくなる>

 感情が希薄になり、悲しみだけではなく、感動も覚えなくなり、様々な事に対しての意欲もなくなるので生きている意味や自分と言う存在が分からなくなります。


 そんな中唯一自分と言う存在を感じられるのが

「優しいですね」

と他人に掛けられる言葉になります。


 すると更に周囲の

「優しいですね」

に答えようとするようになっていきます。


 もうここまで行くと一種の依存状態ですね。

「優しいですね」

と言う言葉が貰えないと自分と言う存在の実感が得られなくなっているわけですからね。


 ここまで行くと、医療機関を受診する等、何かしら行動を起こさないと自ら命を絶つ危険性もあります。




どうしたら良いの?

<イライラを表現する>

「優しいですね」

に答えようとして怒り等の感情を抑えているのが始まりです。


 そのため、まずは怒りの感情、イライラを表現することをしましょう。

 ただし、いくらご利用者が認知症で理解できないからと言って、ご利用者に向けてやっちゃダメですよ!


 それにそれでは

「優しいですね」

の呪縛からは逃れられません。


「優しいですね」

の呪縛から逃れるためにも、イライラを表現するのは他の職員がいる所でです。


 ただし、他の人達のような

◎、マジギレをする

◎、不満を爆発させる

◎、口悪く悪態をつく

等のようなことを真似る必要はありません。


 最初でも言いましたが、介護職員としては

「優しいですね」

は最高の褒め言葉です。


 それを保ちつつ

「この人でも怒るんだね」

と認識してもらえるのがベストです。


 例えば私なんかだと、イライラした場合。

 イライラの原因のご利用者の介助を終え、他の職員が居るところに来てから立ち止まり

「あぁ~!!!!(イライラする)」

と、ちょっとおどけた風にイライラを表現します。

 姿勢はこんな感じです。

 このイラストはちょっと表情が前向きですが、イライラを表現する姿勢なので、私の場合表情はイライラにします。

 ポイントはあくまでも本気ではなく、少しおどけたようにやることです。


 これをやって

「優しいですね」

が崩壊してドン引きされると言うことはありません。



<素を見せられる仲間を作る>

 私の場合、いきなり

「あぁ~~!!!!」

と怒りを表現し始めたわけではありません。


 最初は、仲良くなり、そのような姿を見せやすい人の前だけでやるようになりました。

 夜勤中、他の人の目がないところでする会話は結構本音トークだったりしませんか?


 そんな夜勤の包み隠さない雰囲気の中で仲良くなると、自然と自分の隠していたイライラ等を見せても大丈夫な気がしてきます。


 実際に、そのような形で仲良くなると、イライラを見せても大丈夫です。

 むしろ、それを見せると相手もちょっと特別感を持つようです。


「みんなに優しいと言われて、怒る姿を見せないあの人が自分の前ではイライラを見せてくれている」

という感じですね。


 ただし注意点です!

 その自分の素を見せられる相手、出来れば同性が良いと思います。


 異性でも良いのですが、自分や相手の気持ちが魅かれ合わないように注意して下さいね。

 お互いに心の面での特別感を持ち合うため、魅かれ得ます。


 別に職場恋愛が悪いとは言いませんが、そのような形での恋愛は恐らく長く続きません。

 いわゆる吊り橋効果に近い形での魅かれ合いなので。


 そして、職場内恋愛で破局したら、どちらかが退職しないと仕事がし辛くなりますので、デメリットの方が大きすぎますからね!


 私の場合、それは異性でしたが、私も、相手も大丈夫でした。

 ただ、

「これは人によっては絶対恋愛に発展するよなぁ」

とは感じたので、一応付け加えておきました。



<熱中できることを見つける>

 何かやりたい事や熱中出来ることがあると、そもそも演じていることの必要性が低くなります。

 周囲からの評価として、自分の強み、自分の特徴として

”優しい人”

を守りたいから演じるわけです。


 しかし、自分が熱中できることや自分が成長できることを見つけると、そちらの方が重要になり、自分を抑えつけてまで周囲の評価に答える必要性がなくなります。


 演じることに労力を向けることが無駄な事に感じるんですね。

「そんな暇があったら」

となるわけです。


 私の場合は、自己研鑚、要は勉強です。


 そのような抑え込むことから抜け出すキッカケとなったのは、私のことを高く評価してくれた上司の存在です。


 その上司は

「貴方がいるから、この施設は保たれている」

くらいの高い評価をしてくれて、役職者への推薦もしてくれていました。


 私もその期待に答えようと、頑張っていました。


 そしてそんな中突如として、

「お前最近生意気。」

「私に評価されて、同じ立場にでもなったつもりか?」

のように急にボロ雑巾のように扱い始め、徹底的に手のひら返しをされました。


 毎日のように、仕事後も2時間くらいこのようなレベルの罵詈雑言を聞かされました。


 流石にこの裏切りは精神的にやられました。

 この記事で登場する、パワハラをしてきた人ととても仲良しな上司でした。

【※閲覧注意!介護施設でのパワハラ職員】


 そこから立ち直る時に、

「周囲のことを意識しすぎたらダメだ!」

と考え、

「難しくて無理だよなぁ」

という考え方を一端捨てて、

「自分が興味のある、又は習得したいことをとりあえず一回やってみる。」

という気持ちで取り組む事にしました。


 それが法律家(行政書士)の勉強でした。

 法学を本格的に学び出したのはそれがキッカケです。


 この例から、勉強と言うと

「教科書を開いて、ノートに書いて」

みたいなことをイメージするかもしれませんが、必ずしもそうではありません。


 読書でも、ネット記事でも、情報を摂取したり、物事を考える時間を作ったり、体を壊さないようなストレッチ方法を試すのだって勉強です。


 私の場合はこのように

【介護施設での、行事の出し物・演芸を決める】

行事での演芸・出し物を依頼されることも多いので普段聞かないジャンルの音楽を聞く事も勉強です。


 演出として音楽やBGMはとても重要なので、そこから直感的に

「この音楽、こんな演出に活かせるかも!」

と感じるて取り入れるための勉強なんですね。



<感情が揺さぶられるモノを見つける>

 感情を抑え込み過ぎて感情が希薄になっていたり、感情表現が出来なくなっているのですから、感情を揺さぶるのも改善方法の一つです。


 感情が希薄な状態で少しでも感情が揺れるなら、それは恐らくかなり貴方に突き刺さることなんだと思います。


 何が心に影響を与えるかは人によるので何とも言えません。

 私の場合は、樋口了一さんの手紙と言う歌

【介護業界で賛否極論の歌!樋口了一さんの手紙】


 ワルツ・フォー・アリアと言う曲


 アニメやゲームでも心が揺れる作品はありました。

【夏目友人帳】

【いけにえと雪のセツナ】

はとても好きな作品です。


 知らない方は是非!

夏目友人帳
いけにえと雪のセツナ

 今の私が心を熱く揺さぶられるのは、炎の講演家、鴨頭嘉人さんの動画です。




最後に

「優しいですよね」

 この言葉を言ってもらいたいと憧れる人もいれば、

「優しいですよね」

と言われ過ぎて呪いのように縛られる人もいます。


 どちらが良い、悪いではなく、適度に言われるくらいがちょうど良いのかと思います。


 私はイライラを職員には見せるようになった今でもまだ言われています。

 しかし、縛られてはいません。


 演じないで言われている状態です。

 私的には一番理想形です。


 無理していないで

「優しいですよね」

と言われるわけですから、メリットしかありませんからね。


 ちなみに、今回は優しいの定義については触れません。


 あくまでも周囲から

「優しいですよね」

と言われ、それに縛られる人に向けた記事です。


「優しいですよね」

の呪縛から逃れて、素で

「優しいですよね」

と言われる環境を目指しませんか?


 絶対にそれ以外の側面も受け入れて、承認してくれる人はいます。

 貴方は”優しい人”何かじゃありません。


 貴方は貴方です。



 少しでも私が言っていることが

「役に立った」

「面白かった」

等、興味を持って頂けた貴方は

◎、ツイッターのフォロー

◎、記事のシェア

◎、 読書が苦手な人に本や知識を紹介するブログ。

◎、『ふたひいの話を聞くよ!相談室』

等も宜しくお願いします。                                     

ふたひいに

「これで缶コーヒーでも飲んでよ!」

と応援してくれる貴方はこちらからお願いします。
ふたひい@…にOFUSEする