私が考える、介護現場での《尊厳を守る介護》とは何か?

2019年11月2日

尊厳を守る介護とは?

《ご利用者がショックを受けない介護》

 これが私の考える尊厳を守る介護です。

 以上。


 本記事は音声説明に対応しており、音声と文章でお楽しみください。

尊厳を守る介護:パート1

パート2


<尊厳を守る介護の実践編>

 本記事は私が考える

《介護現場における、尊厳を守る介護とは具体的にどのようなことか?》

を書いています。

 いわゆる尊厳の実践編みたいな記事です。


 そのため、その前提となる

《尊厳とは?》

《介護における尊厳とは?》

についての定義や説明は、本記事ではほとんど書いていません。



<「尊厳って何?」>

 介護の世界では何かにつけて

「尊厳を守る介護を!尊厳を!尊厳!」

と尊厳と言う言葉が出てきます。


 じゃあ尊厳とは簡潔明瞭に言うと何ですか?


 簡潔明瞭に他者に説明できなくて、

「尊厳を守れ!」

とだけ言われても無理に決まっています。

 尊厳が何なのか明確に示せない状態で、何を守れと言うのでしょうか?


 確かに辞書的に調べれば 

【その人にとって尊く、犯してはならない事を守る介護】

となります。

 しかしこれでは明瞭じゃありません。


「人として尊い事って何?」

「犯してはならない事って何?」

ですよね?


「尊厳を簡潔明瞭に定義して欲しいんですけど」

「介護における尊厳を分かりやすく一言で言ってくれません?」

と思いませんか?


 私と同じように

「尊厳って結局なんやねん!?」

とモヤモヤしている貴方は先にこちらの記事を一読下さい。

 そちらで定義しています。

https://kaigofuta.com/2019/09/29/post-537/



尊厳を守る介護ってなに?

 尊厳そのモノの意味に関しては紹介した記事に任せるとして、さて、ここからが本記事の本番になります。


 尊厳を守る介護の実践編のスタートです!


 介護職員はご利用者の尊厳を守る介護を行っていると思います。

 では、

「尊厳を守る介護って具体的に何ですか?」


 ほとんどの介護職員は

《尊厳とは?》

も答えられませんので、当然尊厳を守る介護の考え方も持っていません。


 しかし、イメージは持っていますよね?

 教科書には載っていないことでも

「こうしてあげよう!」

と考えて色々とやっていませんか?


 例えば

  •  入浴待ちで脱いだご利用者にバスタオルを掛ける。
  •  食事で口から流れ出たご飯をこまめに拭く。
  •  目ヤニをこまめに拭く。
  •  唇が乾燥していたらワセリンを塗る。
  •  メガネが汚れていたら洗う。
  •  シーツが汚れていたら都度交換する。
  •  食事の順番を考えて介助をする。
  •  自助皿の向きを考えて置く。

等々あげればキリがありません。


 これらだって尊厳を守ろうとしてやっている行為だと思います。

 これらは全部介護の教科書に

「こうしなさい!」

とは記載されていませんので、自主的に考え、行動に移さなければやれないことです。


 そのため、その感覚があれば貴方にも尊厳を守る介護感は備わっています!

 だって言葉にすることが出来ないだけで、認識や行動では出来ているのですから。


「自分は何故そのように介助するのかな?何の為だろう?」

これを考えれば、貴方にとっての

《尊厳を守る介護感》

は明確になって行くと思います。


 それを考えた時に、私の場合は

《ご利用者がショックを受けない介護》

これがご利用者の尊厳を守る介護だと思い至ったわけです。


 このような言い方からも分かるように、尊厳を守る介護の具体的な考え方については介護職員各人それぞれに違い得ることだと思います。


「ご利用者のために」

と言う思いが根底にあれば、それは貴方にとっての尊厳を守る介護だと思いますよ!


 今回は私の考える

《尊厳を守る介護》

の具体例を紹介していきますのでお付き合いください。




尊厳を守るとはこう言うことでは?

<ご利用者が心に傷を持たない介護>

《ご利用者がショックを受けない介護》

と言うのは、少し簡単に表現しています。


 もう少し正確に言うなら

《ご利用者が心に傷を持たない介護》

です。


 ただし、ここでの心の傷とは、心理の専門用語である心的外傷・トラウマ等だけのことではありません!


 専門用語としての心の傷だけではなく、傷つくと言う部分まで含めています。

 つまり、私の考える尊厳を守る介護とは、

【トラウマを作らない+傷つかない=尊厳を守る介護】

と言う感じです。



<トラウマとは>

 一般的に使われているトラウマは俗語なので、本来の意味とは全く違います


 ここで私が言っているトラウマとは心理の専門用語、本来の意味でのトラウマです。


 そのため多くの人には馴染みが薄いと思いますので、少しだけ説明をします。


 本来のトラウマとは、自身で認識が出来ません。


 自身の感情や精神が崩壊してしまうレベルの物凄く強い精神的なショックを受けた時。

 人は

「精神を守ろう!」

と防衛本能が働きます。


 どのような防衛本能か?

 その強いショックの記憶を潜在意識に押し込めると言う本能です。

 潜在意識と言うのは、自分では認識できない意識の事を指します。


 自分で意識できる部分を顕在意識と言います。


 その潜在意識に無理矢理押し込まれた、精神を崩壊させてしまうレベルの強いショックの記憶がトラウマです。


 潜在意識にあるため、本人が自覚する事は出来ないわけですね。

 自覚が出来ないだけで、記憶には存在しています。

 潜在意識に封印しているだけで、消せないんです。


 そのため、トラウマに似た経験をした時や睡眠時等にその一端が放出して苦しい思いをしたり、精神疾患等を発症させます。


 私の尊厳を守る介護とは、

 このような存在であるトラウマを作らないし、無理に放出させないようにすることも含めていると言うことです。



<ショックと表現>

 専門用語としてのトラウマの扱い方も含めての尊厳を守るなので、ショックと表現すると少しニュアンスは違うかもしれません。


 しかし、要は傷付けないと言う意味ですから、ショックと表現した方がイメージしやすく伝わりますよね。


だから私は

《ご利用者がショックを受けない介護》

と言っています。



<人によって違う>

 人によってショックを受けることって違いますよね?

 例えば女性に

「痩せた?」

と言う場合。


 人によっては

「嬉しい!」

と思うでしょう。


 しかし、病的な理由等で

「太りたい!」

と頑張っている人だったらどうでしょうか?


 たぶん嬉しくないですよね?

 下手をしたらショックを受けます。


 このように、ショックを受けるか、受けないかは人によって違います。

 行動や見た目だけで判断するのではなく、相手の心で判断するのが尊厳を守る介護だと私は考えています。


 だから個別ケアが重要なんですよね。


「個別ケアが重要!」

というのは単なるスローガンじゃないんですね。


 単なるケアプラン上の話じゃないんですね。


 介護に関して、もっと具体例を見て行きましょう。




排泄介助時の守るべき尊厳とは?

 排泄介助時に尊厳を守ると言えば、羞恥心を守ること。

 介護の教科書にも羞恥心を軽減する介助・声掛け方法等が書かれています。


 そのため、

《排泄介助時の尊厳=羞恥心を守る》

と思っている介護職員もいます。


 しかし、私の考えは違います。


 いや、羞恥心を守ることも必要なので厳密には、

《羞恥心を軽減することも尊厳を守る行為の一つ》

と表現した方が正しいかもしれませんね。


 先程も言いましたが、私が考える尊厳を守る介護において、尊厳の具体的な内容は相手によって違うんです。


 そのため、具体的に誰の尊厳を守ろうとするかで具体的な行動は変わります。

 だから、

「排泄介助時に守るべき尊厳は、羞恥心だけではない!」

と言うことですね。


「相手によって尊厳を守る介助方法が変化する」

と言うと途端に難しく感じるかもしれませんが、根本にある考えを思い出して下さい。


 私が考える尊厳を守る介護とは、

《相手がショックを受けないようにする介護》

です。


 そのため、

「相手がどんなことでショックを受けるのか?」

を考えれば良いだけです。


 では具体的な場面を見て行きましょう!



ズボンを下ろす介助

<施設利用が初めてのご利用者

 例えば、羞恥心を例にするなら、介護施設利用が初めてで、今まで自立していたご利用者の排泄介助。

 これなら、尊厳を守るためにズボンを下ろすのは細心の注意が必要です。


 だって、今この記事を読んでいる貴方のズボンを見知らぬ他人がいきなり下ろすのと同じですからね。 

 ショックを受けますよね?

 人によっては犯罪として警察に訴えかけますよね?


 だから、このようなご利用者の尊厳を守るために、ズボンを下ろす介助に細心の注意を払うのは必要です。

 恐らく一番意識しなければならない尊厳だと思います。



<介助に慣れているご利用者>

 では、ずっと施設に居り、ズボンを下ろされることに慣れており、ズボンが下りると安心するご利用者に対してはどうでしょうか?


 介護経験や、施設経験がない介護職員にはイメージしにくいかもしれませんが、

《ズボンを下ろされる=排泄オッケーのサイン》

と頭が認識して安心感すら持つご利用者もいるんです。


 パブロフの犬、条件反射、認知療法、行動療法等と言う言葉で聞いたことがある人もいると思います。


 そんなご利用者に対して、ズボンを下ろす介助は、最も守るべき尊厳でしょうか?


 もっと具体的な場面に言い換えましょう。

 ご利用者が

「何やってんの!早くズボン下ろしてよ!早くしないとオシッコ漏れちゃうよ!」

と訴えかけてきている場合はどうでしょうか?


 もし羞恥心のことを一番に考えないといけないなら、失禁させてでもズボンを下ろすことに細心の注意を払うことになります。


 私の考える尊厳を守る介助では、ズボンを下ろすショックよりも、失禁させてしまうショックの方が大きいと考えます。


 ましてやズボンを下ろされることに慣れているご利用者に対してですからね。


 ちなみにこの

《ズボンを下ろされることに慣れている》

は普段からの個別ケアの観点によって、そのご利用者のショックを受ける部分や度合いの把握から来ています。



<ショックを受けなくても尊厳は守る>

 もちろん、ズボンを下ろされることに慣れているご利用者に対しても、失禁の可能性がない時にはズボンを下ろす部分で羞恥心を守ることはします。


《いつ、どこで、誰が、誰に、何で、何をするのか?》

 これらによって守るべき尊厳の優先順は常に変化していると考えます。


《排泄介助時に守る尊厳=羞恥心》

のように固定化をせず、

《今目の前にいる人がショックを受けないようにする》

 この基準で尊厳を守るのが私の考える尊厳を守る介護です。



失禁をしたご利用者の尊厳を守る

<ショックを受けたご利用者への介助>

 もう一つ、私が考える尊厳を守る介護の具体例を挙げます。

 失禁をしたご利用者の尊厳を守る介護です。


 貴方ならどうしますか?

 私の考える尊厳を守る介護は、

《相手がショックを受けない介護》

でしたよね。


 しかし、このケースでは既に失禁をしてしまい傷ついている相手に対しての介助となります。


 そもそもの話として、失禁させないようにするのが一番ですが、失禁ゼロは現実問題として物凄く難しいことだと思います。


 そのため、失禁してしまった後のご利用者のことも考える必要があります。


 既にショックを受けてしまっている状態のご利用者に対して、ショックを受けないようにするのは不可能ですので、

《心の傷を軽減する介助》

にする必要があると考えます。



<失禁はトラウマ>

 人は失禁をすると、羞恥心なんてモノとは比べ物にならない程のショックを受けます。


 人によっては先ほど紹介した専門用語としてのトラウマになり得るレベルのショックです。

 実際に失禁をした記憶が潜在意識に押し込まれて消失する人もいます。


 トラウマどころか、自分自身の

《人としての存在意義を失う》

最大限の喪失感と言っても過言ではありません。


 これだけの強いショック状態の相手に対して、貴方はどのようにして少しでも尊厳を守ろうとしますか?



<素早さでショックは軽減しない>

 失禁のショックを受けている相手に対して、多くの介護職員は素早く処理しようとして黙々と介助しがちです。


 恐らく貴方もそうではありませんか?


 では一つ質問です。

「それで失禁してしまったことへのショックから尊厳を守れますか?」


 先ほども少し言いましたが、既にショックを受けてしまっている相手への介助は

《心の傷を軽減する介助》


 素早く衣類やパットの交換をする介助でご利用者の受けた強いショックは軽減しますか?


 確かに素早く処理することで現実を目の当たりにする時間を減らす事は出来ます。

 しかしそれでは、ショックを軽減することは出来ません。


 それで尊厳を守れたと言えますか?



<ショックを軽減する介助方法>

 私の場合、失禁したご利用者の介助をする時には、ご利用者を笑わせます。

 処理を急ぐことよりも、笑わせることを優先します。


 笑いと言うモノは凄いモノで、死の恐怖に打ち勝つ手助けすらしてくれます。

 これは実例もありますし、科学的根拠も存在していますが、今回は話が逸れてしまうので、機会があれば別記事にて。


 死の恐怖に打ち勝て得る方法なのですから、人間としての存在意義を失うショックにも対抗できそうじゃないですか?


 私のように根拠は知らなくても構いません。

 笑うと言うことにはそのような強い効果があると知っていれば活用できますよね。


 ご利用者のショックを軽減できる手段として笑いが存在するなら、失禁時にご利用者を笑わせる介助は尊厳を守る介助と言えますよね?


 だから私は、ご利用者の尊厳を守るため、ショックを軽減するために、失禁したご利用者を笑わせることを最優先にするんです。


 更に、ご利用者の意識が失禁に向かないように、私自身も失禁衣類等に目を向けません。


「どうやったら笑うかな?こうかな?」

とご利用者の視界に自分だけが映るようにしつつ、ご利用者の顔を見ながら、色々と試します。


 視線だけではなく、自分の意識も笑わせることに向いているため、手袋をしていても、当然腕に排泄物が付きます。


 だから何ですか?


 もちろん、そのせいで感染症に罹るのはマズイので、傷の有無などは意識しておくことは重要です。


 しかし、そのような事情がなければ排泄物なんて

「汚い」

と思うかどうかだけの問題です。


 入念に洗って、消毒をすれば良いだけです。


 その程度のリスクでご利用者が笑ってくれて、失禁のショックが軽減するなら良くないですか?


 この話をすると

「介護狂」

と言われることがあるのですが、そうですか?変ですか?


 ただ私も、最初からそのような考えを持っていたわけではありません。


 そのキッカケとなった体験話は別記事にて。




最後に

 今の介護業界で尊厳の考え方が色々とあり過ぎて、結果的に何が尊厳なのか分からなくなっている状態。

 その原因はこれだと思います↓↓↓

https://kaigofuta.com/2019/10/30/post-891/

 そのような現状の中での尊厳。

 辞書的な尊厳。

《人として犯してはならない領域を守る介護》

と、辞書的・教科書的な考え方を否定するつもりはありません。


 それも良いと思います。

 抽象的だからこその臨機応変性や良さもあると思いますので。


 しかし私はそこまでご利用者と距離が離れている考えは好きではありません。


 介護は人として云々ではなく、今目の前にいるこの人を見たいんです。


 だから私の考える尊厳を守る介護とは、

《ご利用者がショックを受けない介護》

なんです。


 貴方の考える尊厳を守る介護とはどんな介護ですか?


 もし貴方がこのように自身の思う介護観を持っているのに

「今の環境では自分が理想とする介護が出来ない!」

と悩み苦しんでいるなら、こちらの記事も併せてお読みください。



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